何とも不思議な出会い

c0039094_23554738.jpg世の中、何とも不思議な出会いだらけだと思う。

人と人との出会いもそうだけれど、私がコレクションしているカメラと時計とも不思議な出会いの連続を感じて楽しんでいる。

主に故障した品物を購入して修理することが大半なのだが、購入&修理する大前提となるのは「なぜ故障しているのか」を吟味することから始まる。

すると、色々なことが見えてくる。
粗雑に使用された結果の故障(この場合は破損が多い)なのか、以前の持ち主の手を離れた故の経年変化なのか。

とても興味をそそるのが、旧共産圏(旧ソヴィエト連邦・旧東ドイツ・旧チェコスロバキア)出身のカメラや時計たち。

まだソヴィエトが存在していた時に亡命者(?)から手元にあった日本製腕時計との交換+αで購入した時計、ネットオークションを通じてオーストラリアを経由して購入した旧東ドイツカメラなどなど。

かつて「鉄のカーテン」という呼称のもと、文字通り鉄壁の向こう側…私達が接することは無いであろうと思っていた世界で生産されたカメラや時計が資本主義国にして極東の日本に住まう私の手元にあるということは、正直言って「別世界からの到来物」である。

そして、カメラ屋でもなく時計屋でもなく、古道具屋で手に入れる大半の品々。

「専門店ではないので安価に購入できる」という下心は否定できないのだが、時には、元の持ち主から離れざるを得なくなってしまった悲しみ、不要と判断された挙句に不調を抱えている悲しみを感じる機械が少なくない。

その「悲しみのようなもの」を私は痛切に感じてしまい、どうしても見過ごす事が出来ずに入手し、稚拙な技術ながら調整、修理を試みる。

それらが無事に本来の機能を回復した時、時には本来の機能までとは行かないが、再び作動を開始した時、言いようの無い幸せを感じる。

時計は時を刻み、時間を共有する。
レンズは光を咀嚼し、感光材料に共有した時間を記録する。

大げさな言い方なのだが、私達が必要として生まれし物達。
忘れられたと思い、絶望することは無い。

私の手元で、もう少し、一緒に時を過ごしてくれないか?

そんなコトを思いながらも、結局ほったらかしにしてしまってたり…
ゴメンよぉ…

(写真は、つい最近古道具屋サンで「信じられないほどの破格値」で入手したモノ…)

Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2005-04-08 00:27
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