夢見が悪い…

夢を見る。
あまり良い夢ではない。

親しかった人と共に歩いている。
誰だか判っているのだが、誰だか判らないという夢ならではのモドカシさを感じながら歩く。

一緒に歩いているのを嬉しく思っている。
しかし、何かが足りていないのも感じている。

何を話すでもない。
ただただ、「一緒に歩いている事を意識した事が無かったな」という事を考えながら歩く。

そして、「この人の夢を見るのは初めてじゃないか?」などと考えている。
夢を見ている時ならではの事象。

歩みを止める。そして、何かを言われる。
でも、何を言っているのか判らない。
会話すら成立しなくなったのかと悲しく思う。

何かを言う。
自分でも判らない何か。
自分が気がついていなかった「何か」だから自分でも判らないなのかもしれないと思う。

離れる。
見送らないし、見送られない。
その時の顔が笑顔でなかった事を無意味と思いつつ気掛かりに思う。

目が覚める。
気になるが、気にしたところでどうしようもない。
そう思いながら、涙が流れているのに気がついて意外に思う。

何かが大きく変わろうとしている事への暗示なのか、
何かが変わった事を受け入れるための暗示なのか。

とはいえ、自分本位の視点で考えている夢に解を求めるというのは、それこそ無意味。
もしくは、それが何を意味するのか判っているのに、それを認めたくないという視線が空虚な思考を増大させ、会話不成立という形で表現しているのかもしれない。

無意味な事など何もない。
今あるのは過去の事象の蓄積であり、その時々の判断の結果のはず。
自分を過去に戻す事が出来ないように、その事象や結果を消す事も出来ない。

仮に消す事が出来たとしたならば、更に前の段階から自分をやり直すことになるだろう。
「タラレバを語っても仕方が無い」というのは結果論のようで不充分な結論だと思う。

状況等に基づき、その時は最善と判断して行動を起こしたはず。
完全に事象や結果を消し去る事が出来たとしても、おそらく同じ結果になるのではないだろうか。

その結果を知らないのだから、別の対策を昂じるというのは無理という気がする。
だから、その時々に最善を尽くし、それが過ちであったとするならば、次の時には同じ過ちを繰り返さないといった程度で良いのではないかと思う。

とりあえずの結論が出た気がする。
その時、心に天啓のように言葉が到来する。

「それって自己弁護?」

また不機嫌な気持ちになってしまう…
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by coopiecat | 2007-11-10 23:55 | たわごと
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