久々に時計いじり

c0039094_1174031.jpg仕事から戻って部屋に入ると同時に、故障後数年間放置したままのカメラ「アンゴー」の事をを思い出して取り出す。

半ば無意識のまま的確な工具を工具箱から取り出し、次々とネジや部品を外す。

遠くで自分が「大丈夫かぁ?」と考えている。

結果的に故障箇所を誤解していた事に気がつくほどサクサクと問題箇所に到達し、迷うコト無く対処法を見出す。そして、数年ぶりに「アンゴー」は動き出した。

その後、故障後放置していたカメラを数台手掛ける。
半ば無意識で分解し、反芻するまでもなく組上げる。
これらも動き出してくれる。

「今日は来ている」
その確信を得る。

「何が来ているのか?」と問われると困ってしまうのだが、「それ」が来ると修理が進む。

久々に時計にも取り掛かる。
今日は微調整が必要な部分にも実態顕微鏡の手を借りる事なく目が届き、動き出すように持っていけたものもあれば、完全とは言えないまでも長期間不動だったものを「何とか動く」という状態まで持って行くことが出来た。

数個目に取り掛かった時、基本的な部分で失敗する。
「集中力が途切れた」という事も出来るのだろうが、「今日は帰った」と思う。
ここで無理をすると、取り返しのつかない破損を招く。

不思議な事なのだが、こういうことが実際に起きている。
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by coopiecat | 2007-11-25 01:44 | 時間
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