2006年 03月 08日 ( 1 )

言葉について

c0039094_21352687.jpg私は「言葉」に大変興味を持っています。
それは私の育った環境によるものが大きいと思っています。

父方の親類は九州の言葉を話します。
母方の親類は東北の言葉を話します。

その結果、我家では標準語を話すことになっています。
そして、私は双方の言葉を理解することができます。

友人達は皆北部九州の言葉を話します。
先生方は皆、国語を話しました。

その結果、表面上では標準語と国語で話をします。
しかし、感情が高ぶると北部九州方言で話します。

大学の授業でドイツ語を学びました。
でも、南部系のドイツ語を基準にした先生と、北部系ドイツ語で育った同級生の間に齟齬が生じたのを見ました。

社会人になり、イタリア語を学びに行きました。
シチリア人の先生の先生が話す南部系のイタリア語は、次のクラスで担当したミラノ人の話す中部系のイタリア語とは異なっていたことを感じました。

そして、今はロシア語に興味を持っています。
先生はウクライナ人の素敵な先生です。

初めての授業の時、私はタラス・シェフチェンコの詩集を持参して、ウクライナ語を学びたいと言いました。
その時、先生が一瞬困った顔をしたのを見てしまいました。

先生は、ウクライナ語を学ぶより先にロシア語を学びましょうと言いました。
ロシア語を学んだ後に、ウクライナ語を学びましょうと言いました。

北部九州と東北の言葉で構築された頭を持ちながら日本語で生活している私です。
ウクライナ人の先生の気持ちが少し判るような気がします。

言葉って、とても面白い。
色々な言葉を学び、何語で話すのかではなく、何を話すのかという領域にまで行き着けるとうになれば、きっと素晴らしい世界が展開するのだろうなぁ。

そんな事を考えてみたりしています。


Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-03-08 22:00