2006年 10月 23日 ( 1 )

で、何なの?

c0039094_22541813.jpg挑戦的なタイトルですみませぬ…。

このところ「アイデンティティ」と「モラトリアム」について考える機会が多いのデス。
これらは共に心理学で用いられる言葉で、「アイデンティティ」はエリクソンの人格発達理論における青年期の心理社会的危機を示す用語で、「同一性」や「自我同一性」と訳される。ひいて個々人の存在全体を示す概念として用います。

そして、「モラトリアム」は本来経済用語であり、災害や恐慌などの非常時において、債務の支払いの猶予、あるいはその期間を意味する。エリクソンは、この言葉を青年期の特質を示すために用いています。

いわゆる「自分探し」ってのに集約されるのがこれらの言葉だと思うのデス。

しかーし!
ここで「で、何なの?」と言いたくなるのがヒネクレモノの私。

「自分を探すほどに迷える自分」が居るということは、既に自己の存在が確立されているのではないのだろうか?その逡巡する期間に「モラトリアム」と命名することで「安住の地」を与えてしまっているのではないか??
いや、これは受け止め方の問題、順番の問題であって、エリクソンも事象について命名したに過ぎないのだろうから、とやかく言うのは意味がありませんね…。

以前ココで「癒し」について書いたコトと重複するけれど、結局のトコは自覚の問題だと思うんよね。例え迷っていたとしても、迷っているコトにハマリ込んでしまっちゃツライけれど、「それはそれで良し!」って思っても良いんじゃないかなぁ?

だって、迷ってたら何らかの結果が出たり、出さなくちゃなんない時が来るのだから、その時「最良」と思える判断をすれば良いワケで。ただし、気を付けなくてはならないのは、素直に聞けるのであれば良いけれど他人の意見を参考にしないこと。何故ならば、思い通りにならなかった時に他人のせいにしちゃうでしょ?そうすると、大きな不満と多少の自己嫌悪にハマリ込むワケで。

自分自身のコトについてワガママになるのはアリだと思うが、他人を巻き込んでのワガママはイカンよね。他人にされたらイヤだもんね。(←これまたワガママ)

※「アイデンティティ」及び「モラトリアム」各語の解説は「心理学辞典」(中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司編集・有斐閣・2005年発行第10刷)より抜粋・加筆修正

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by coopiecat | 2006-10-23 23:22