2007年 05月 31日 ( 1 )

偽善者…なのだろうか…

職場で問題勃発。しかも、私の部署で後輩二名が争っている。
仕事上の問題ならばさておき、個人的な部分・私生活の部分でタタカイが始まっているらしい。

仕事上の問題ならば何とかしなくてはならないけれど、こうなると介入不可。余計なお節介はするべきではない。上司として…とは言いたくなく、先輩として放置することに決定。

問題は解決するのではなく、解消されなくてはならない。そのためには当事者同士が考え、解決しなくてはならない。自治能力、自浄作用を持たなくてはならんのだ。

思い切って一日サボりました。
そしたらば、AはBに対して朝礼の席で(つまり皆の前で)、Bに対して宣戦布告。
Bは夜に離職を決意した旨を私にメール。

こりゃイカン。事態は急転直下。
職場内は大荒れの状態。

さて本日。
離職を決意したBに対して離職を留まるように言う。それは、BはBにしか持っていない能力があり、それは現在必要だからだ。
衆目の面前で個人を攻撃したAに対して、それはイカンと怒る。自浄作用が必要なこと、何があっても仲間孤立させるようなことはイケナイから。

それぞれの話しを聞いて私の意見を言った後、三人で話し合いをする。その結果、双方の誤解や誤認について、双方での確認は取れた。
しかし、「リーダーなのだから、こうなる前に手を打ってほしかった」という点でA・B双方の見解が同調。

あたしゃ双方にオコラレ、皆が意見を言う事で部署的には解決。皆を引き連れ、関係各部署に「すんませんでした」と行脚。

と、ここまでは良かった。

帰宅時「何で、Bの離職を止めたのか?」と他の人から言われた。
確かにBは問題ある人物である。それは否めない。だからAも怒ったのだ。

私に対する風当たりは確実に強くなった。それは、Bが職場の多くの人々に不快感を与えてきたことに起因する。私もBに不快感を味合わされた経験はある。だから、「職場の為に」という大義名分で、自ら離職を考えたBを切り捨てるのは容易だ。ある意味チャンス。

でも、そこでBを孤立させて離職させて良いのか?というと、それは私の正義感が許さない。
職場というのは小さな社会である。社会は、除外・迫害するのではなく、受け入れ、調整しながら発展するものではないのだろうか?

これは偽善なのかもしれない。
現実よりも、自分の正義感に基づいた行動、つまり、私のワガママなのかもしれない。

しかし…
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by Coopiecat | 2007-05-31 21:37