2007年 11月 04日 ( 1 )

独断と偏見で… 続編

先日のタワゴトを見た方から「理系、文系、芸術系で分けてたけれど、もう一つあるの判る?無学系だよ。」という指摘を受けました。

「無学系」という表現は思いつかなかったのですが、実は、「技術系」ないし「現場系」でもう一項目加えようと思っていたのですが、それらの表現には誤解が生じそうで避けてしまったという事があります。
言い訳はさておき、「無学系」というのは大きな謙遜的表現で、原因と結果を分析・予想するのに一番判っているのは、その方々だと思います。

文系的表現で言う所の「理屈」、理系的表現で言う所の「データ」であれ、サンプル数が多ければ多いほど「両極を採ることで検証するのか、「集中する部分を抽出するのか」、言葉を変えれば「最小公倍数で見るか最大公約数で見るか」という現実に直面すると思われます。
一方、「直感」というのはあくまで個々人の主観であるように考えられるけれど、その(主観の)形成過程に目を転じれば、環境を含めた外的要素(客観的要素)で構成されている、もしくは、そこに近付こうとしている部分があるのは否めないと思われます。

サンプルであれ、主体に客体であれ、それらが展開しているのは「現場」であり、ドラマの言葉を借りれば「事件は現場で起きている」なのだと思います。一人では何も出来ないって事。
好例を挙げるならば、いわゆる「高学歴」と言われる弁護士なり教職なり医学系にも「研修生」や「実習生」、「インターン」と名前は異なれどオン・ジョブ・トレーニング(OJT)が求められるという事例が挙げられます。要は、「理屈やデータでは片付けられないから現場を見なさい」って事。イヂワルな言い方だけれど、理論やデータで片付けられるのならば問題ナイけれど、それでは無理!ちゃんと現場見なきゃイカン!!という事実を指導者側が認識しているのだと思います。

加えて言えば、OJTは一過性ではなく継続するものであって、停止した時点で自分自身の成長も止まる。いわゆる「社会人」になっても取り残されるのは、そういう人々だと思います。

前例と情状酌量の組合せ、治療に望む際の体質の見極め、そういう事は現場じゃなきや判らない。その一方で、平均値を用いて予測ないし方向性を作り出すのも時には必要。この二律背反と言う名の同一根源(=同一根源だからこそ二律背反:笑)だから面白いなぁと思うのです。

ということで…。理系でも文系でも芸術系でも現場系でも良いと思うのです。
皆が個々の意見を尊重し、それらの意見をシェアしつつ受け止める事が大切なのだと思うのです。更に言えば、それを楽しめるように意見を述べられる、受け止められる環境と自分自身が大切なのではないかなぁ…と思うのデス。
それと同時に、他人を排除したり蔑んだりするということは自身がどんどん孤立すること。そんな危険性すら感じてしまいます。
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by coopiecat | 2007-11-04 00:21