2008年 03月 02日 ( 1 )

恩義を不義理で返してしまうイケナイ私…

一昨日はチェコ大使館での写真展オープニングを起点として大変楽しく過ごし、昨日は「人として」というより「イキモノとして」に赤信号が点灯するような重い二日酔いを抱えながら出勤。

どうにかこうにか職場での仕事を18時過ぎに終え、他所で開催される展示のお手伝いに関する打ち合わせに21時に現地へ。

担当氏はとても素晴らしい方で、会うのが毎回楽しみな方なのです。その方、ただでさえ広範な知識をお持ちなのに向学心旺盛で、午前中は大学院博士課程に進学するために受験・面接を済ませた上に職場での展示・イベントの関連で20時過ぎまで仕事があったとのこと。

打ち合わせの主題は、依頼を受けて私が書いた写真とカメラに関する文章の校正・修正だったのですが、この打ち合せが大変面白く、また、勉強になる内容!

詳しい内容は明かせないのですが、「カメラで写真を撮影するということ」という私の視線に対し、「写真を撮影するためにカメラを使う」という彼の視線。そんな感じです。

同一テーマでも視線の方向性から異なる文章の展開、論の展開方法、文章の書き方、言葉の選び方、その全てについて考察するというのは大変知的な遊戯にも似た快感を覚えるものでした。

何より嬉しく、彼を素晴らしい人だと思うのは、決して自身の意見を推すのではなく、私の書いた原稿を尊重してくれること。

それは、「この位の説明にするか?」など、良くも悪しくも誤魔化そうとしている部分を的確に指摘してくれる事からも「あぁ、本当に読んでくれたんだ」と実感したからです。

この点、「何言ってるんだか判らない」と言って切り捨てても構わないと思うのです。少しでも判らない場合、そう言ってしまう方が簡単だし。

でも、絶対にそういうことは言わない。「判ろう」とする姿勢で向き合ってくれると、こちらも「よっしゃ!」と思ってみたり、「ゴメン、修正します」という気持ちにもなります。

いえ、単に私が未熟なダケなんですけどね…

昨日チェコ大使館の写真展オープニングに御誘いした方もそうですし、最近足を向ける事が多い中野の写真機居酒屋「ときのん」で御逢いする方々、そのほか、現実やネットで御逢いする多くの方々に共通しているのですが、お話していて楽しい方、勉強になる方が多いこと!

それは「自分がどれだけ未熟なのか」ってコトになるのだけれど、論の展開の仕方や発想の方向性が豊か。その豊かさは皆様の持つ見識の深さに起因しているんだと思います。そして、それを上手に表現されるのは、聞きかじりではなく実体験に基づく言葉であるからこそ重みがあり、こちらが発する愚な質問に対しても的確に回答いただける。

何とも有難い貴重な経験であり、大切な仲間(と言わせて下さいまし)なんだなぁ。と思う次第です。

とか何とか言いながら、今日は折角御誘い頂いていた「遠足」に出席できなくて不義理をしてしまいマシタ…

寝る前に思いっきり頭を絞ったせいで、一度起きたにも関わらず、「あと少し…」と眠り込んでしまって次に目を覚ましたのが17時過ぎだったりで…あぁ…イカン…

御誘い頂きました皆様、本当に申し訳ございませんでした…
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by coopiecat | 2008-03-02 23:49 | ことば