カテゴリ:時間( 8 )

あけまして・・・

新年あけましておめでとうございます…なんていう時期は、とっくのとうに過ぎ去り今年も残すところ11ヶ月どころか、10ヶ月半程度に。(笑)

皆様におかれましては順調なスタートから助走段階に入られていることかと存じます。
本年が皆様にとりまして良き事の連続となりますように祈念いたします。

さて私ですが、おかげさまで元気にしておりまする。

ではなぜ更新が滞っているのか?と申しますと「単にサボり」とも言えますが、昨年末から色々と写真関連で考えさせられることがあったり、面白い(私にとって)カメラや時計を手に入れて、それらの手入れに時間を割いていたからでして…。

それらにつきましては、追々記載してゆくかと存じますので、本年もよろしく御願いのほどを申し上げます。
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by Coopiecat | 2009-02-11 23:56 | 時間

本年中は大変お世話になりました

2008年も間もなく終了。
今年も色々なことがありましたが、色々な方のお世話になったりしながら無事大晦日に到達することができました。

ありがとうございました。
2009年もよろしくお願い申し上げます。
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by Coopiecat | 2008-12-31 23:20 | 時間

後輩という存在

ちょっとした機会から、大学の後輩に会う機会を得た。

後輩というのは、教えているつもりが自分の不備を教えられたりで、無条件に可愛いくて有難くての、本当に大切にしたい存在である。

諸先輩方に感じる「敬意」に代表される感情とは少々ニュアンスが異なるが、何だろう…まだ経験した事は無いけれど、自分の子供というほどでは無いにしても、甥や姪、年下の従兄弟や従姉妹に感じる不可分の愛情のようなものをを抱く。

さて、その後輩君だが、会う前から色々なウワサを聞かされていた。そのため、ちょっと身構えてもいたのだけれど、そいつに会ってみると何とも可愛くて仕方ない。

聞いていた「ウワサ」というのは「知識を鼻にかけてしまって、他人に失礼な言動をしてしまう」というものだったが、これは正に私が踏み、そして失敗してきた道である。

つまり、同じニオイを感じるだけに趣き深いものがあり、そして、私と同じ轍を踏んで欲しくないという思いが働いてくる。

私とチョット違う(いや、大きく違う)のは、彼は本当に広範な知識を持っていることであり、私ほど傲慢では無いということ。

初めて会ってから時間を経て、その後輩君を知る人とオサケを呑んで居る時に、共通の話題ということもあって後輩君の話題が登場。

先方としては後輩君の扱いに困っているらしいのだが、その困っている内容というのが、見事に過去の私がとった行動、その時の同僚や上司の感想に似ていた。

その時は「心配している」的な雰囲気で呑みを終えたのだけれど、その事を一緒に呑んだ方が後輩君に伝えたらしく、後輩君から「個人的なことでご迷惑、ご心配をおかけいたしまして申し訳ございませんでした」なんてメールが…。


「心配は私が勝手にしているだけだから気にしなくては良い」なんて先輩風を吹かせまくって、一丁前に現状の指摘とアドバイス(のようなもの)をメールしてみたところ、ちゃんとメールを読んで考えてくれたみたい。

その後に帰って来た返事には、その事に自分でも気が付いていて考えているということが記されていた。

まいったね。
他人から色々言われて自分を変える事は難しいけれど、自分で気が付いているということは自分を変えることも容易なはず。その時、大きな成長を遂げているんだろうなぁ。

次に会うのが楽しみです。
後輩に感謝。
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by coopiecat | 2008-03-21 00:19 | 時間

齢重ねました

3月3日…ヒナマツリやらミミの日やら…
色々な呼び名がありますが、この日に私は齢を重ねました。

多くの方からメッセージ等を頂きまして、本当に感謝です。
去年は色々あった年でしたが、本年は少しはマシな年にしたいと思っております。
皆様におかれましても良き年となりますよう祈念いたします。

ありがとうございます&よいおとしを! \(^▽^)/
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by coopiecat | 2008-03-03 03:33 | 時間

帰省、そして、残された時間

帰省に備えて飛行機の予約を取る。
今年は夏に入院していたので夏の帰省が出来なかった事もあって一年ぶりの帰省。

今さらながら年末年始の予約なので大変なことを覚悟しつつも何とか適度な時間の便を確保。今回は安価で知られる「空印」でも無ければ、いつも乗っている「鶴丸」(あ、今は違う印だ!)でもなく「ダ・ビンチのヘリコプター」(これまた今は違う!)の御世話になることにした。

予約内容を連絡するために実家に電話。
久しく電話もしていなかったので心配していたみたいだが、帰省の連絡と判って嬉しそうな声。

帰省は一年振り。
とはいえ、夏には父親が私の手術の立会いに、秋頃には両親が「父親の最後の同窓会」なるものに出席するため双方共に快癒しつつある病身を押して来京していたから、2ヶ月ほど前に両親の顔を見ている。

実家のPCが不具合起こしている事を聞いたり、数日前に姉との電話で聞いた実家のイヌのワルワルな話をして「聞いてたの?」と笑ったり。

そんな何でもない話をしているにも関わらず涙が出てきて仕方無かった。(また泣いた)

時折グシグシ言い出した私に、母は「風邪ひいているんじゃない?」と上京以来暴れ出した私の扁桃腺を含めて心配し、その後に電話を代わった父は自身の経験(笑)と、父より鼻炎が悪化して入院・手術をした事を踏まえて「オサケ呑みすぎると鼻に来るぞ!また悪くなるぞ!!」と言っている。

「うん、大丈夫、大丈夫。もうすぐ帰るからね。待っててね。」
そう答えるのが精一杯になってきた。

「じゃ、またね。もうすぐだからね。」
互いにそう言って電話を終える。

帰る場所があること、これは嬉しいことだ。

とはいえ…

自分で考えても時折寒くなってしまうのだが、昭和8年生まれの父に11年生まれの母。平均年齢という事を無視したとしても、これから30年を計上するのは厳しく、双方の家系を考えてみると20年という数字ですら理想値かもしれない。

今回の帰省は暦の関係でチョット長いとはいえ、夏のように帰省できない時もあるから、20年あったと仮定しても、両親と共に過ごせる時間は20×14=280日で、1年にも満たない日数すら理想値という訳だ。

振り返ってみると、大学までの18年間は共に生活していて、大学の時は夏季と冬季の休暇を1ヶ月づつ帰省したと考えて8ヶ月を共に過ごした。
そこに、就職してから13年だから、13×14日=182日を加えた結果、家族と共に過ごした時間は19年少々。

ある時期から親の意思と違う道ばかり歩き始めて心配ばっかりかけている。
帰省したって家に居る安心感に依存してダラダラ過ごしているだけ。
本当に申し訳無く思っている。

何とかしようと思って無理をしたり、自分の中では「頑張っている」と思ってみたりもしても、結局は心配をかけているばかりだし。

来年36を迎える私は、両親と共に過ごした時間を超えてしまう。
残された1年にも満たない時間の間に、両親に恩返しというか、何か出来る事はあるのだろうか?

この「残された時間」については数年前から考えていた事だった。
ある時、思い切って両親に「最近こんな事を感じ始めている」と言った事があるが、意外なことに両親共に笑って、こう言った。

「お祖父さんも、お祖母さんも同じ事を言っていたよ。一緒に居る時間は短い。誰もが順送り。」

じーちゃん、ばーちゃん、お父さん、お母さん。それを先に言われちゃかなわないや。
そう思って数年経過。

相変わらず逡巡し続けています。


 ↑ ↑ ↑

計算違いが沢山あるかも…
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by coopiecat | 2007-12-02 02:05 | 時間

力の持って行き方

c0039094_23514672.jpgまずは基本的な機械式腕時計。大きなゼンマイの力を、最終的には渦巻き型のゼンマイが付いた輪っか(テンプ=tempoが語源)を往復運動させることで調速し、適切な時間を出す。

左上:セイコーマーベル
右上:セイコークラウン
左下:セイコークラウンスペシャル
右下:セイコーロードマーベル36000


c0039094_23524789.jpg次は電池式時計。機械式腕時計と同じくテンプがあるが、力を元に往復運動させてるのではなく電磁石の原理を利用して往復運動させて針を動かす力を生み出す。いわゆる「電→磁→力」の応用。

右:ハミルトン・リコーエレクトリック
左:セイコーエレクトロニック EL-370


c0039094_2353933.jpgちょっと異なる方式だが電磁石とゼンマイの力を併用した方式。言葉で説明するのはムズカシイが、電磁石で引っ付いている接点をゼンマイが押し戻し、一杯に戻った所で力が発生する。その力を右上に見えるテンプが調整して針を動かす。

キンツレ置時計


c0039094_23533379.jpgこれはテンプが無い時計だが、いわゆる「クォーツ」というものではない。とはいえ、原理は似たようなもの。
クォーツは電気を水晶(クォーツ)に送ることで得られる振動を運針調整に用いるのだが、ここに掲載した時計は共に音叉を用いており、電気の力で音叉を振動させ、その振動数を歯車に伝達して運針している。

右:オメガ コンステレーション エレクトロニック 300Hz
左:ブローバ アキュトロン


最初に紹介した時計はゼンマイを用いているが、柱時計の場合には分銅を用いて重力を動力源にしているものがある。そのほか、温度差を用いる(一種のゼンマイが介在するが)ものや、日時計や水時計というものがある。

これらに共通しているのは「時間を知る」という目的である。その目的に対して、これほどまで沢山の方法が考えられている。

最終的には「正しい時間を報せる」という意味で共通なのだろうが、その「最終的な目標」があるからこそ色々な手法が生まれるのか、それとも、色々な手法で「最終的な目標」に向かおうとしているのか、そう考えると「目標」に向かう意味が異なって来るように思える。
これは機械だけの問題ではないように思える。
それは、日々の生活でも同じではないのか??と。

ややもすると陥りがちではあるが、「その時良ければ良いじゃない?」や「結果的にツジツマが合えば良いんじゃない?」といった事では無いような気がする。

機械をイジリながら、頭のどこかがそんな事を考えている。
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by coopiecat | 2007-11-26 23:56 | 時間

久々に時計いじり

c0039094_1174031.jpg仕事から戻って部屋に入ると同時に、故障後数年間放置したままのカメラ「アンゴー」の事をを思い出して取り出す。

半ば無意識のまま的確な工具を工具箱から取り出し、次々とネジや部品を外す。

遠くで自分が「大丈夫かぁ?」と考えている。

結果的に故障箇所を誤解していた事に気がつくほどサクサクと問題箇所に到達し、迷うコト無く対処法を見出す。そして、数年ぶりに「アンゴー」は動き出した。

その後、故障後放置していたカメラを数台手掛ける。
半ば無意識で分解し、反芻するまでもなく組上げる。
これらも動き出してくれる。

「今日は来ている」
その確信を得る。

「何が来ているのか?」と問われると困ってしまうのだが、「それ」が来ると修理が進む。

久々に時計にも取り掛かる。
今日は微調整が必要な部分にも実態顕微鏡の手を借りる事なく目が届き、動き出すように持っていけたものもあれば、完全とは言えないまでも長期間不動だったものを「何とか動く」という状態まで持って行くことが出来た。

数個目に取り掛かった時、基本的な部分で失敗する。
「集中力が途切れた」という事も出来るのだろうが、「今日は帰った」と思う。
ここで無理をすると、取り返しのつかない破損を招く。

不思議な事なのだが、こういうことが実際に起きている。
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by coopiecat | 2007-11-25 01:44 | 時間

時間の価値って?

c0039094_2157135.jpgカメラに時計に車。
旧い物を日常的に使用している。
「骨董」や「アンティーク」と言われるものにも興味がある。

そのせいだろうか、
他の方から旧い物を見せられる機会も多い。
いずれも興味深く拝見させていただく。

しかし、「これ、どれくらいの価値なのでしょうか?」と言われると、一気に興醒めする。

「市場的価値」と「資料的価値」は違います。
「時間に価値をつける」というのはムリな相談です。

何かの縁で、今、あなたの手元にあるのです。
それは他者が評価することではありません。

時にそれは「時間を所有している感覚」とも言えるかもしれませんが、
過ぎ越し時間を懐かしみ、共にある時間を楽しむ。
そして、来る時間に希望を抱くと同時に、受け継いでくれる子々孫々のために残す。

時と共に歩む私達の楽しみであり、責任なのかもしれません。

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by coopiecat | 2005-02-14 22:15 | 時間