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大切なこと

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振り切ること
忘れないこと

突き放すこと
大切に思うこと

甘さではない
優しさ
強さという
優しさ



離れてみれば小さいことなのかもしれないが
その場に居る人にとっては大きなこと

常に考えるのだ
忘れてはいけない

許したことと許されたこと
認められたことと認めたこと


Leica R5
Summilux-R 50mm 1.4
AGFAPAN APX400
1/250 F5.6

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by coopiecat | 2006-02-23 23:39 | ことば

ま、詰まるトコは

c0039094_228417.jpg結論としては、
自分が何を考え、
何を目指すのか。

それと同時に、
それは自信を持って言えるのか?

自分が自信を持って言えるのならば、言い張れ
言えないのであれば、それはちょっと待て

言えないならば、人の意見を聞け
人の意見を聞けないならば、それはそこまでだ

言いたいことを言え
聞くべきことは聞け

そして自分の居る場所を考えるのだ
次につなげるために

なんて言ってみたり。

ГОРИЗОНT
OФ-28Р 2.8/28

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by coopiecat | 2006-02-21 22:31 | ことば

初めての出会い

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初めて出会った時、
自分に何が出来るだろう?

なんて思ったり、


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自分勝手に、
自分の何を引き出してくれるだろう?

なんて期待したコトってありません??




Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-02-16 23:56

挫折という名の出発点 2

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soaveさま。レクチャーできるほどに自分の中で成立した考えではナイので何とも…単なるグチになってメルローを台無しにしちまう事になりそうデス。(^^ゞ
それにしても、ルーマニア産ワインってのも奥深いデスなぁ。



Soupサマ、こんにちは。いつもお世話になっております!
手段が目的化することは大切なコトなのだと思います。
というのも、目的を達成するために手段が誕生したとするならば、その手段が多くの人々に受け入れられ、歓迎されるということは喜ぶべきことなのだと思います。

ただ、手段の登場に安心し、本来の目的を見失ってしまってはイケナイと思うし、生まれてきた手段も進むべき道を見失ってしまう…のではないか?と。

Soupさんが例示された万年筆、時計、車、カメラは私の愛好するものデス。
各々に必要とされた、というか求められたものは、文字(広義な意味で)あり、時間であり、空間(移動も含む)であり、写真なのだと思います。

しかし、それらのツール(手段)を所持したことで全て(目的)を所持することはできません。

文字や時間や空間って何なのだろう?
それは個人ではなく、人間である私達全員が共有している「何か」というモノが回答なのかもしれません。

そういう目的があるのから出現してきたモノなのだと思っています。

では写真とは?
そこを問うべきだと思ってみたりするのデス。

近代芸術の一環、というか一部として写真が認知される傾向があるようですが、ここで写真の持つ特性を明確にしなくては写真はその存在意義を疑われかねない。

あ、芸術史に存在を示すことが出来れば、その存在意義を明示することが出来るというコトではありませんし、写真の特異性を強調することで存在意義を強調するつもりもナイ。

「写真という手段もあるのだ」という提案。

そういった無茶をしようとしているから、心理・哲学・芸術、そして写真の各方面から「はぁ?」と言われてしまう…えぇ、判ってマスとも。
僅かながら、何故「はぁ?」と言いたくなる理由もね。

う~ん、イカンなぁ。
ますます問題児になっちまう。

コレ、自分が別の立場だったら許さんやね。(笑)

Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-02-12 21:42

挫折という名の出発点

c0039094_21331741.jpg今日、職場内部の会議で紛糾しました。
その原因は、写真と心理学や哲学と結びつけようと考えた私の発案から。

思いっきり我田引水的に言うなれば・・・

写真は写真だけでは成立しない。
写真を撮影するのは機材ではなく人なのだ。

機材を発展させてきたものは何か。
それは人々の願望だ。

願望とは何か?
それはまだ判らない。

なぜ判らないのか?
それは写真が産業として飛躍的発展を遂げてきたからだ。

それを解明しようじゃないか。

今や写真産業は我々の生活に行き渡った。
しかし、そこで慢心すると必ずや写真は精神的な意味で衰退する。

ではどうすれば良いのか?
今一度、写真というものを客観的な評価に委ねてみるのだ。

それは心理学や哲学に委ねてみるのだ。

なぜか?
それは産業面ではなく、人々の立場から写真を考える時期に達したと考えるからだ。

どういうことか?
写真とは、自身が被写体(この言葉は好きでは無い→対象との共存関係だと思うから)と接し、感じることによって成立(→機材や化学的処理といった、ある意味での客観性を内包するから)成立している世界なのだから。

なんでまた?

ディジタルカメラが主流になりつつある昨今、そして、ホームページやブログで自在に自身の視線や感覚を世界中に発表できるようになった現在である。
そして、写真をアートや芸術といったカテゴライズで括ろうとする側面も見受けられる。
いやまて、それは写真というツールを持っている人間にとってのカテゴライズといった側面でしか無いのではないか?

で、何が言いたいのか?

そんな慢心で良いのか?
限られたor技能を持つ人間が手中にしていた「写真術」は終ったんじゃないか?

その慢心に依存、安住していると、写真自体が終わるぞ?
それは自身の終りを意味しているのではないか?

って、どういうコト?

本質的な意味で写真が芸術やアートであるとするならば、写真を多くの人々に開放しなくてはならないのだ。
なぜならば、写真とは目的ではなく手段なのだから。

手段であるところの写真。それを提案したい。

しかーし!
それは難しいテーマだったようです。

とはいえ、基本姿勢が「突っ張るコトがオトコのぉ~♪たった一つの勲章~♪♪」な私デス。
となりゃ「さわるモノ皆傷つけて~♪」になっちまうのも自明の理。

間違った考え?
極端な考え??

あぁ、そうさ。
お前らの感覚からすりゃ問題児かもしんない。

なってやるさ、なろうじゃないか!
かかってこいや。向かって行くぜ!!

写真のためなら喧嘩上等だぜ。
理論武装も体力勝負も負けないぜ。

相手が本気なら、こっちも本気で行くまでさ。

奇麗事なら何ぼでも言え。
本音なら何ぼでも言ってやる。

俺は負けないから、お前も負けるな。

これが挫折という名の出発点。
相手がデカけりゃデカイ程、俺はタタカウぜ。

言いたくは無いが、喧嘩相手として認めてくれたコトを嬉しく思う。
その思いに感謝して、俺も本気で喧嘩させてもらいたい。

(う~ん、我ながら屈折した感覚の持ち主やねぇ・・・そんな考えを持たなきゃ、もっと上手に世渡りできたり、思うコトを実現できるってのにねぇ・・・:笑)

Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-02-08 22:19

海に行ってきました

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久しぶりに
海に行ってきました

とても寒い日でしたが、
海はいつもの優しさと
いつもの力強さで
弱い私を受け入れてくれました


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私を海に運んでくれた
ジェミニの美しさ…

ありがとう。



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海に居る時、
戯れることを許されている時、
私は至福の時を感じるのです。



Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-02-05 19:23