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活字中毒? 2

本日、PHP新書発行の香山リカ著「貧乏クジ世代」を読書開始&読了。
この書籍に関して2点興味がありました。

まず、著者である香山リカ氏について。

1.精神科医である彼女の本名は「香山リカ」ではない
2.かけている眼鏡はダテ眼鏡である
3.彼女が言っているコトは「当たり前」のことであって、コメントされたところで何ら意味が無い

という批判を聞いていたからです。

これは批判者側にとって面白い発見だったのかもしれないけれど、私は彼女の職業上のテクニックだと考えているからです。

というのも、

1.リカちゃん人形の名前(香山リカ)を借用することで他者から見た匿名性や現実味を演出することは彼女自身の存在を仮想現実化することになり、クライアント(患者)が抱く緊張感を緩和させるのに有用である。

そして、

2.眼鏡を装着することで彼女自身が「香山リカ」という仮想現実的存在に変身するということが可能になる。

この双方の「お約束」の上で展開される治療法は、双方が客観的に事象を分析、展開するのに大変有効であると考えられるということ。
これは既に「香山リカの存在を認知した時点で治療行為が始まっている」と考えるに充分な要素を満たしていると思っています。

さらに、

3.「当たり前のコト」というのも、臨床から得られた結果というのは現実的になることが必然であって、そこに意外性があろうはずは無い。そもそも、そこに意外性があった場合には、言うなれば「異常」な状態なのだから。

次に、彼女が言うところの「貧乏クジ世代」に該当する私を含めた30代前半前後の人間は、現実問題として自身が置かれている境遇について自覚し、疑問に感じているからです。

そこで、このテクニックを持つ精神科医がどのように我々を観ているのか大変興味があったから、この本を手にしたというワケです。

結論から言うと、確かに「当たり前」のコトを書いています。
しかし、それは事実であり、我々が感じている境遇や疑問を的確に記述していると思います。

そして、無味乾燥なデータや、一見有効そうに見えつつも、あまりに一般的すぎて現実味を帯びない引用を極力抑え、ここまで「当たり前」の言葉で論旨を展開することが出来るというのは素晴らしい能力だと思います。
これは先に述べたように臨床医ならではの現実的論理展開だということができるでしょう。

では、その結論は何だったのか?
これは「そこに結論は無い」と言い切って良いと思っています。

これについて「また香山リカの手法か?」と批判することは容易ですが、クライアントの境遇は個々別々のものであり、一概に結論を出すのは早計であり意味が無いことです。

何より、個々の相異を無視して単純に結論を出すことや、クライアント側が安易にそれを理解する方がキケン。
これはかえって齟齬や迷いを生み出す原因になると思います。

結論は出ていないが、指摘及び分析として理解できる部分がある。

このことが有効なのだと思います。
それは、いわゆる認知療法と同じで、「今、私達はどういう状況下ですか?」から始まり、「では、私達はどのようにすれば良いでしょうか?」という展開を示唆しているからです。

このように、「貧乏クジ世代」は、私にとって大変興味深い書籍でした。
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by coopiecat | 2006-05-30 23:16

活字中毒?

さて、今日はカメラではないオハナシ。
随分昔から「活字中毒というものなのかなぁ?」という自覚症状があります。
とかく手当たり次第に本を読んだりしています。

電車の中はもちろんのこと、歩いている時にも、お行儀悪いのデスが食事中にも。
活字依存症かもしれませぬ。

何が困るって、長年の経験から適度な速読が身に付いてしまったのか、薄手の文庫本だと片道や半日で読了してしまい、帰り道に読む本が無くなってしまったりするのデスよ。

だからといって広範な知識を持つワケではなく、まさに「依存症」であって、何か活字を目にしていないと落ち着かないという状態。
一番の鬼門は古本屋サンとか本屋サンで、それらに入ると手ぶらで出てくるのは皆無と言って良い状態。(カメラ屋さんだと手ぶらで出てくる時の方が多いデス:笑)

そして本日、白洲次郎氏に関する文庫本を読了したのですが、これはこれで満足。
でも、確か以前に白洲氏に関するハードカバーを入手していたハズなのですが、これが見つからない・・・気になる・・・。

というのも、気になる白洲次郎氏関連のハードカバーがあり、「果たしてコレは買って良いモノなのか?」という疑問に直面しているからなのです。

う~む。

あと、こういった乱読状態だから何度でも読み返したくなったりするため、購入後の本を手放すコトができなくて、どんどん蓄積されていってる状況も何とかしなくては…。

このままではカメラと本に埋もれてしまいまする。
(既に雪崩経験はあります:泣)
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by coopiecat | 2006-05-29 23:28

まちがい 2

c0039094_23421080.jpg間違っていたとは思いつつ頭の中で色々考察してみるに、「半分間違いで半分正解」という思いに到達しておりまする。

というのは、巻き上げレバーの運動量でフィルムの送り量が規定されるとするならば、最初のスプールに置ける「巻太り」の量は重要。
となると、フィルム装填直前に銀色の棒(及び破損が確認された部品)をストップするまで回転させておき、スタートマーク合わせを行わなければ必要な「巻太り」が得られない。

つまり、後々のフィルム送りの際には影響しないが、とっかかりの部分で後々のフィルム送りに影響を与えるという意味では破損が確認された部品の持つ意味が大きいのかなぁ…と。

ナゾは益々深まるばかりでございます。
いや、取扱説明書を見てみると詳細が書かれているのかもだけれど…現状手元にあるのは、私に馴染が無いチェコ語の取扱説明書だけなので…むぅぅ…

Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-05-25 23:49 | カメラ/写真

楽は苦のタネ、苦は楽のタネ

c0039094_202103.jpgP6を研究というか色々調査していて、次々新たな発見の日々が続いています。

今まで見てきていたつもりなのだけれども、もの凄く見落としていたという現実が…
しかし、色々と発見するというのは楽しいモノです。

そして本日、10台目のP6を入手。
シャッタ不調でファインダのネジ欠品というコトでジャンク扱いになっていたのデスが、ミラー背面にあるシャッタ幕のようなモノが垂れ下がっていただけでシャッタ自体は快調。

ファインダのネジは「ま、何とかなるデショ」と思いつつ、シャッタ等色々チェックやメンテナンスしていると「カラカラ…」と、内部で部品が転がっている音…

「もしや?」と思って振ってみたりしたところ、出てきたのは見事ファインダ用のネジ!
あのネジ、止まっている時は良いけれど、一旦ユルむと速攻で外れるのデス。

そして細部をチェック。
結果、手持ちの10台は全部異なっていることを発見。

また文章書き直しになりそう…
楽は苦のタネ、苦は楽のタネ…


Kodak DX6490 Digital Camera
Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm
Belichtungsautomatik

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by coopiecat | 2006-05-21 20:10 | カメラ/写真

まちがい

c0039094_1849269.jpg私、マチガイを書いてしまいました。
↓にある「閑話休題 3」において、「巻上部ローラーの上部には歯車があり、巻上量を検知している」というコトに触れました。

巻上量を検知しているのは確かなのデスが、「4:結果、実際はフィルムが適切な位置まで移動しないからコマだぶりが発生する」という仮説を挙げたのですが、これはマチガイでした。

書いている時から迷いがあったので、今日また色々と分解検査してみたところ、これらの部品はフィルム巻上量を検知することはあっても、その送り量を規制する機能は持ち合わせていないというコトが判明しました。

色々試行錯誤や検証してみたところ「結局、この部品は何の役に立っているのか?」という救いの無い結論に到達したのですが、強いて言うならば「フィルムの送り量を安定させる」といった役割を担っているようです。

では、肝心の「本質的なフィルム巻上はどこが司っているのか?そしてその対策は??」というコトなのですが、現状では「フィルム送りは巻上レバーの移動量に依存している」というのが結論になりました。

となると、やはり「フィルム巻上レバーの終端を規制している偏心したストッパの位置調整でフィルムの送り量を調整するのが有効」というコトになりそうです。

とはいえ、部品が一つ破損していたのは事実で、必要と思われる処置は施したというコトはムダでは無いと思っているのですが、結果として効果を確認できていないという点は自身で問題視しております。

うぅむ、一筋縄では行きませぬ・・・
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by coopiecat | 2006-05-20 19:11 | カメラ/写真

頭の整理

色々な物事が混乱したり、文章が上手く纏まらなくなった時、ムダとは知りつつも頭の中や文字として外国語に置き換えてみたりしています。

そうすると、頭の中にある単語や言い回しが少ないせいか、何とか文章化しようと思って物事の本質とまでは行かないにしても、かなり整理して考えるコトが可能になるように思えます。

ただ、コレまたムダに色々な言語に手を出した結果なのデスが、Aの言語でしか知らない単語の次にBの言語でしか知らない単語を繋げてみたりするというナゾな結果になっているコトが多々あります。

例えば、「ヤー ドゥマーチュ、ダス イスト モルト ブーハオ。ビコウズ ザット 云々~」といった感じ。

ただ、何となく感じているのは「第二外国語」という言葉は名訳だなぁ…と。

というのも、ヨワヨワながら英語で考えている時には英語で通すコトができるのだけれども、ひとたび頭の中で英語以外の単語が出てきたりすると、上記のようにメタメタな文章が頭の中に出てきてしまうのデス。

つまり、頭の中に

1:日本語(これは九州弁と標準語で不可分にして分化状態で存在)
   --母語以外の言語としての距離感アリ--
2:英語(アヤシイ)
   --多少距離感アリ--
3:その他の言語(もっとアヤシイ・とてもアヤシイ)

という区分が出来ているような気がするのです。

これはメモを取る時にも同様で、ラテン文字だと他の人にも判ってしまうから…というワケではないのですが、一番最近覚えたキリル文字で記すのが私の中での流行です。

ただ、これまた当然のように私なりの言語形態で記述しているので、キリル文字を解する方が見ても「?」なコトになっているかと。

まぁ、メモに関しては「自分が判れば良いやぁ」と思っている部分もあるので問題はナイのですが…。

ははは。
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by coopiecat | 2006-05-15 02:17

閑話休題 3

新緑美しき連休の今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私もただただボサっと生活していた訳ではありませぬ。
とはいえ、何をどうするとか、どこかに旅に出てみるとかではなく、手元にあるP6の修理等を試みておりました。

主にペンタコンシックス(Pentaconsix)以降は巻上部にローラーを採用していることはP6ユーザーの方にとって御存知のことは多いと思います。そして、そのローラーの上部には歯車があり、巻上量を検知しているのデス。

c0039094_20255495.jpg←これは巻上途中の状態で、歯車上部のストッパが解除されている状態デス。


c0039094_2026218.jpgそして、巻上完了の状態時には、歯車上部のストッパに部品が入っているのがお判りになるかと思います。→

しかーし!

c0039094_20265097.jpg
この肝心と思われる歯車とストッパの間にある緩衝材が劣化して破断していることを発見しました。

この部材が劣化するとどうなるのか?
1:レバー巻上量に対し、ローラーとストッパは同調すべきだがストッパが先行する
2:ストッパが先行することでローラーから得るフィルムの適切な移動量は伝達されない
3:機械的には適量巻上が完了したと判断する
4:結果、実際はフィルムが適切な位置まで移動しないからコマだぶりが発生する
という仮説に到達しました。

そして、この部分は油脂による収縮劣化(=硬化)と思われたのでゴムを使用した部材だと判断し、その部分にゴム製の部品を作成して補填してみたのですが、それ以外にもフィルムカウンター部の部品に欠損が見られたため、果たしてこの処置が適切であったのかどうかはナゾのままになってしまいまいマシタ…
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by coopiecat | 2006-05-06 20:40 | カメラ/写真