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無理をしても無理なものは無理

世の中、うまく行かないものです。
動けるようになって出勤し、相変わらずのイサカイをやり過ごして帰宅…の途中「チョット待て?こんな日は厄払いしませう。」と思い立つ。

以前から気になっていた「ニコンF」のモータードライブ付、ブラックボデーにアクションファインダーまでついて、しかも今ならポイント5パーセントおふ!
この組合せにして適度な価格ですもの。以前見たのは一週間前。そりゃ売れてて仕方ない。
「売れているのを確認するため」に行ってみると、何食わぬ顔して置いてあるぢゃありませんか。店員のおとっつぁんも「ニヤリ」としている始末…。

そうはいっても、20年越しの「憧れのカメラ」を手にするチャンスが目前にありました。
「世の中、捨てたもんぢゃナイね」と思いましたよ。

とりあえず作動確認。モーターに電池を入れてもらってシャッターを。

「…」
店員さんも私も「…」
不穏な空気。

店員サンは新しい電池を取りに行きました。
そして電池を入れると見事に動き出す!一安心。

支払いを済ませている時、「あれ?」という声とともに仕事で来ていたぴ~ちゃん登場…コッソリ「変なぬこん」を購入しているのを目撃。
ぴ~ちゃん退出後、更にもう一人知り合いの方に会ってしまったのでした。

とりあえず帰宅し、家で「フフフ…これが厄払いなのだよ」と思いながら操作。

カシャ-ン!カシャ-ン!!カシャ-ン!!!
んがんぐ。

んがんぐ?!
見事動作停止。

電池を換えてみたり、接続を確認したり、自動ストップを解除するためにフィルムカウンターを戻してみたり。なにやっても駄目。どうやっても駄目。あぁ、駄目駄目。
厄払いどころか、厄災は続いていたのです。

越渓さま、あなたは正しかったです。治りかけの時にこそ注意して行動せねばいけなかったのですね…あぁ…

早いところ店に持って行かなくてはイケマセン。
返品ではなく、修理で受け付けてくれると良いのですが…。

悪いコトは出来ませんね。
深く反省。

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by coopiecat | 2007-11-10 01:16 | カメラ/写真

快方に向かい中…

この度の症状、メールその他で皆々様より御連絡頂き、その暖かき御言葉は大変励みとなりました。

各種検査や血液検査に基づく医師の診断によると

・各種要因に起因する免疫力の一時的低下
・手術に関連する体調の変動
・ウイルス性感冒が面倒な部位に到達

これらの要因が今回の症状を引き起こしたのではないかという事でした。
必要と思われる薬も処方されて服用しており、現在も違和感は残りつつ快方に向かい中です。

皆様におかれましては、感謝の言葉を伝えますと共に、どうぞ皆様、私に頂きました暖かき気持ちを次に届けて頂きたく思います。

今回の体調不良について、私は当ブログで公開することが出来たのですが、多分、世の中には…とまで言わないにしても、意外な身近な人で自身の体調不良や悩みを公開できぬまま苦しんでいる人が居るかもしれません。

私は快方に向かっておりますので、もう大丈夫です。
公開できて快方に向かっている人間の事は放っておいても大丈夫だから、公開できずに苦しんでいる人たちに、皆様の優しさをシェアして下さい。

何だか大げさな雰囲気になってしまたけれど、心身ともに頑健な身体に育ててくれた両親、家族、周りの人々、友人達、あなたに感謝。
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by coopiecat | 2007-11-08 22:52 | トラブル/病気

むぅぅ・・・ナンダコレハ??

6時10分。イヤではあるが定時に目を覚まして仕事へ向かはんと起き上がる。
んが、起き上がれない。いや、起き上がるのだがグッタリで崩れるようにヘタリ込んでしまう。
頭は(いつも程度に)冴えているのだが、身体が変。
とりあえず横になって30分程沈黙。そうしている状態だと特に具合の悪さは感じられないので「今ならまだ間に合う」と思って立ち上がろうとするが、やっぱ駄目。
職場に電話しようと思うが、さすがにまだ早い。

同僚にメルを入れた時点で力尽きる。

次に気付いたのは12時過ぎ。
若干の回復。近場の病院の診察券を見てみると午後も診療可。ただし15時から。
何かしら食べなくては…と思って、軽くゴハンを。
食べ終わると同時にグッタリがやって来て眠る。

14時過ぎに目が覚める。
「よし、丁度良い。やるぢゃないか、自分。」など考えながら車を走らせ病院に。

15時丁度に病院到着
色々と症状の説明。

「熱、計りました?」
「いえ、計ってないです…計ると…ねぇ?」
「ぢゃ、とりあえず」

-何となく沈黙で1分経過-

「38度ですね。走ってきたりしてませんよね?」
「車では走ってきましたが、待合室で5分ほど安静に…」
「そうですよね…」
少々マヌケな会話をする。

オナカをグリグリやりながらモニタを見る。
妊婦さんの診断がこんな感じだったのを思い出してしまうが、少なくとも私の場合には妊娠は該当しない。
症状の中に背中の痛みが含まれていたので背中もグリグリ。
肝臓と腎臓は大丈夫らしい。

心電図をとる。吸盤を貼り付けるのではなく、テープを貼って、それに電極を取り付けるタイプだったのでクスグったさも無く、笑い出すこともなく一発で測定終了。

採血は痛いからイヤだが仕方ない。
やっぱり痛い。医者と看護士に笑われる。
いやいや、痛いモノは痛いのデスよ…。

各種結果は明日にならないと判らないのだが、胆嚢摘出後の影響も考えられるとのこと。

帰宅後早々にグッタリ。
食後に処方された薬を飲んで一眠り。

まだ総括するには若干早いとはいえ、今年は色々ありすぎ!
「一体私が何をしたのだ?」と言いたくなるが、自分に原因がある場合もあるだろうから何とも言えないが。つい悪い事ばかりに考えが行ってしまうが、色々良い事もあるにはあった。
それにしても突発事項が重なり過ぎ。

キノコ食べられるようになって好き嫌いを克服したのに、それだけではイカンらしい…
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by coopiecat | 2007-11-07 23:55 | トラブル/病気

All OK

I OK、You OK。
You OK、I OK。
All OK。

これは私が月に一度参加している心理学の勉強会で幾度か聞く言葉である。
大変含蓄がある言葉である。

これを私は「自分が納得できると同時に、相手を認めるということ」という事と解釈している。
これを「相互依存」と言ってしまうと聞こえが悪い。しかし、「持ちつ持たれつ」と考えれば判りやすいだろう。

好例に「時間の使い方」が挙げられる。

誰かが誰かに会うなり電話するなりの場合、個々の時間ではあるが、共通した「時間」、お互いに与えられた「限られた時間」を双方でシェアしている事に他ならない。
つまり、「自分が誰かの為に時間を使う」ということは、すなわち「誰かが自分の為に時間を使ってくれている」という事を意味しているのだから、その時間は自分の為にも相手の為にも有効に使わなくてはならないと考えることが大切なのだろう。

似た事例として「善意の行為」が挙げられる。

自分自身が「良かれ」と思っていても、相手が求めていない場合、相手は「ちょっと…」な気分になる。そこで「善意」を主張しても筋違い。それは独善であり、理解しない相手に怒りをブツケたりするのは大きく筋違いな話。
更にそこに「自分にとって良いと思うから」という意図があったとするならば、その行為は善意ではなく悪意でしかないだろう。

同様に、相手が求めている物だけを与えつづける行為にも問題がある。
相手が喜んでいるうちは良いのだろうが、それに乗じていると感じられた場合には控えるのも肝要だろう。

本質的な部分で相手の為にはならないし、最終的に自分自身が失望を感じるのがオチ。
それを「裏切られた」と感じるのも結構だが、結局は「優しさ」と「甘さ」を勘違いしていた結果であり、自業自得とも言える。
結局は「相手を喜ばせている自分自身」という幻想に惑わされているに過ぎない。

その時相手は何を考えているかは判らない。
「自分に時間を使ってくれている」と思っているかもしれないし、「自分に時間を使ってどうしようと思っているのだ?」とか、「(色々な意味で)しばらく自分に時間を使わせてやろう」と思っているかもしれない。

これを疑っていてもキリは無いし、途中で良くも悪しくも変化する場合があるだろう。
見定めるしか無く、その時々で方向性を変えなくてはイカンのだろう。

I OK、You OK。
You OK、I OK。
All OK。

とても簡単な文章の集合体だが、そこに含まれる意味は深い。
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by coopiecat | 2007-11-06 23:35 | ことば

ぱくり

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FSXさまの記事

   を

御覧になった
Afuroyanさまの記事

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真似ッ子してみました・・・
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by coopiecat | 2007-11-05 20:04 | カメラ/写真

Rock Me Amadeus!!

「ロック・ミー・アマデウス」
この曲は、1986年に全米チャートで英語文化圏以外の出身で4週間連続トップを占めていたというから驚き。その曲を歌っていたファルコはオーストリア人。
1998年に亡くなっているのだけれど忘れるコトが出来ない人です。(http://www.falco.at←公式ページ)

曲もさることながら、あの当時見たビデオクリップが衝撃的でした。
どうにか入手できないか?と思いつつ諦めていたのですが、今はYoutubeってのがあるワケでして。

いやはや、驚きです。ありますよ。
http://uk.youtube.com/watch?v=XVEY_JpxkXE←オリジナル版
http://uk.youtube.com/watch?v=mC7sAF19r98←オリジナル・レタッチ版

そして笑えるのが
映画「アマデウス」と併せた http://uk.youtube.com/watch?v=P10FIR7OJ0U
映画「フィフス・エレメント」と併せた http://uk.youtube.com/watch?v=gpWwxAfNrxI

「アマデウス」と併せた方は「ふぅむ」と思える部分もあるのですが、「フィフス・エレメント」と併せた方はオリジナルを知っていると爆笑するやら感心するやら。元々好きな映画だからってのも関係してるかもしれないけれど。(ゲーリー・オールドマンは良いデスね)

いやぁ、便利な世の中になたものです。
たまには古いモノを探すというのは面白い!
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by coopiecat | 2007-11-05 01:09 | 音楽

独断と偏見で… 続編

先日のタワゴトを見た方から「理系、文系、芸術系で分けてたけれど、もう一つあるの判る?無学系だよ。」という指摘を受けました。

「無学系」という表現は思いつかなかったのですが、実は、「技術系」ないし「現場系」でもう一項目加えようと思っていたのですが、それらの表現には誤解が生じそうで避けてしまったという事があります。
言い訳はさておき、「無学系」というのは大きな謙遜的表現で、原因と結果を分析・予想するのに一番判っているのは、その方々だと思います。

文系的表現で言う所の「理屈」、理系的表現で言う所の「データ」であれ、サンプル数が多ければ多いほど「両極を採ることで検証するのか、「集中する部分を抽出するのか」、言葉を変えれば「最小公倍数で見るか最大公約数で見るか」という現実に直面すると思われます。
一方、「直感」というのはあくまで個々人の主観であるように考えられるけれど、その(主観の)形成過程に目を転じれば、環境を含めた外的要素(客観的要素)で構成されている、もしくは、そこに近付こうとしている部分があるのは否めないと思われます。

サンプルであれ、主体に客体であれ、それらが展開しているのは「現場」であり、ドラマの言葉を借りれば「事件は現場で起きている」なのだと思います。一人では何も出来ないって事。
好例を挙げるならば、いわゆる「高学歴」と言われる弁護士なり教職なり医学系にも「研修生」や「実習生」、「インターン」と名前は異なれどオン・ジョブ・トレーニング(OJT)が求められるという事例が挙げられます。要は、「理屈やデータでは片付けられないから現場を見なさい」って事。イヂワルな言い方だけれど、理論やデータで片付けられるのならば問題ナイけれど、それでは無理!ちゃんと現場見なきゃイカン!!という事実を指導者側が認識しているのだと思います。

加えて言えば、OJTは一過性ではなく継続するものであって、停止した時点で自分自身の成長も止まる。いわゆる「社会人」になっても取り残されるのは、そういう人々だと思います。

前例と情状酌量の組合せ、治療に望む際の体質の見極め、そういう事は現場じゃなきや判らない。その一方で、平均値を用いて予測ないし方向性を作り出すのも時には必要。この二律背反と言う名の同一根源(=同一根源だからこそ二律背反:笑)だから面白いなぁと思うのです。

ということで…。理系でも文系でも芸術系でも現場系でも良いと思うのです。
皆が個々の意見を尊重し、それらの意見をシェアしつつ受け止める事が大切なのだと思うのです。更に言えば、それを楽しめるように意見を述べられる、受け止められる環境と自分自身が大切なのではないかなぁ…と思うのデス。
それと同時に、他人を排除したり蔑んだりするということは自身がどんどん孤立すること。そんな危険性すら感じてしまいます。
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by coopiecat | 2007-11-04 00:21

時には不満を (もしくは博多弁講座?)

くぁぁぁ!今日はね、もう、ちかっぱ腹かいたっちゃが。ちょ、聞いちゃらんですか。
 (あぁ、今日は大変怒りを感じてしまいました。ちょっと聞いては頂けませんでしょうか。)

こげんな事ば言うとは好かんとですが、何ちゅうったら良いっちゃろうか…っちゅうかっさ、こりゃ、どげんもこげんもありゃせんばい。
 (こうした事を言うのは好きではないのですが、何て言ったら良いのでしょう…というよりも、これは、どうしたもこうしたも無いといった感じなのです。)

もう、ここまで来たらくさ、言葉より先ぃ手の出るかと思ったもんね。ばってんがっさ、手ば出したらこっちの負けになってしまうもんね。だけん、我慢しとったっちゃけど、もぉ、ほんなごと、たまらんやったね。
 (もう、ここまで来てしまったならば、言葉より先に手が出るかと思いましたよ。とはいえ、手を出してしまったならば、こちらの負けになってしまいます。だから、我慢しましたが、本当に、たまったもんじゃありませんでした。

なし、言うた事の判らんっちゃろうか?
 (何で言っている事が判らないのでしょう?)

なし、我がん事しか考えとらんっちゃろうか?
 (何で自分の事しか考えないのでしょう?)

こげんな事、判らんとも問題やし、判っとってやりよるんなら、そぃはそぃで問題やばってんね。
言うたっちゃっさ、そげんな解釈ばされとるやら思ったらくさ、こっちもやっとられんばい。
 (こんな事、判らないというのも問題ですが、判っていてやっているのだとすれば、それはそれで問題なのですがね。何にしても、そんな解釈をされていると思ったならば、こちらもやってられませんよ。)

ちょ、なめとっちゃなかろうか?ほんなごと、ぼてくりこかそうかと思ったもんね。
 (少々軽く見ているのではないかなぁ?本当に、手を出して大変な事にしてしまうかと思いましたよ。)

あ~!もう、つぁーらん事ぃ打て合う方がアホんごたぁ。もう知らんっ!!
 (あぁ、もうツマラナイ事に付き合っている方が馬鹿らしく感じてしまいます。当方といたしましては、ここから先は関知しない事とします。)

しゃーしくてから、やっとられんばい。
 (鬱陶しくて、仕方ありませんよ。)

っちゅう事のあったとですよ。
 (というようなことがありました。)

注:この文章には、1970年代後半から1990年代を中心に、主に福岡市内で展開されていた博多弁(及び福岡弁)が用いられております。また、一部は九州訛りに変更されている部分もあります。そのため、地域により、または、現在では用いられていない表現や言い回し、感情の表現が用いられている可能性がありますので、使用にあたりましては充分に御留意下さい。なお、発声音域やアクセントに関しましては文字では伝える事が出来ないということを御了承願います。
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by coopiecat | 2007-11-01 21:51 | たわごと