街は生き物 二題 その1

街というのは、しばらく見ないと大きく変わっている。
間をあける期間が広いと、一見何も変わっていないように思えても、既に建物が2~3回変わっていたりすることがあって驚く。
建物が完成していると、そういった事も起きうるが、どこかが立ち退いて立替をしていると「あぁ、変わっていっているんだなぁ」と思う。

しかし、毎日通っていた道であっても「あれ?あそこは何が建っていたんだっけ?」という事がある。これについては、その現象を分析していたものを読んだ事もあったのだが、誰の何という本だったかも忘れてしまったが、結構そういうことは多いらしい。

とはいえ、身近だったのに簡単に忘れ去られてしまうなんて、人間だったら寂しい限りである。

そして、工事現場を見ていると「意外に狭いね」と思う時と「意外に広いね」と思う時がある。
一番驚くのが住居。建ちあがって見るとそうでもないのだが、足場の段階で個別の部屋に相当するであろう部分を見ると、押しなべて「狭い!」と思う。

6畳のワンルームマンションなんて自転車1台置いたら一杯になりそうな気がするほどだし、3LDKも一軒家も足場だけ見ると大して広くない。
そんなスペースで1人の人間から4人以上の人間が生活し、時に一生を終える場合もあると考えると、何やら感慨深いものがある。たぶん、人間一人が生活するのに必要な床面積ってのは意外に狭くて構わないということなのかもしれない。(あくまで足場だけ。実際は結構大きかったりする。)

別の驚きを得るのは商業施設。中でもオフィスビルと呼ばれるものは足場だけ見ていても「広いなぁ」と思う。これは、柱が少ない構造ということも関係するのだろうが、加えて、外板構造(だっけ?)が多いためか、基礎には多少時間がかかるにしても、いざ足場が組まれたかと思うと成長が早い。
屋上に設置したクレーンが、部材を次々に運び、各所に振り分けながら自分の体を作り上げる姿を見ると、本当に意思を持った生物が成長しているように思える。
その建物という身体の中で血液のように人々が行きかっている。
だから、街は大きな生き物なんだと思う。

世の中不景気、日本の景気低迷と言われて久しい昨今だが、だからこそなのか再開発が盛んな東京の姿を見ると、誰もそんな不景気なんて信じないだろう。
でも、それは人が多い街だから、それが可能なのかもしれない。どんな建物にも輸血できるんだ。

その一方で、地方都市の建物からは人々が流出し、建物は失血している。
そう思うと、東京の建物は地方都市の血を集めたがる魔物のような生き物にも思える。
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by coopiecat | 2008-01-15 23:11 | トーキョー
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