英語に一切自信の無い私ですが、海外で講演をするにあたって自身の写真作品内容等を英訳して欲しいという依頼を受けました。
原稿自体は過去に開催した写真展で掲示したコンセプトで、A4判1枚に大きな文字で印刷された400字にも満たない程度と短文であり、起承転結が判り易い文章だったので受けてみたのだけれど、これが何とも難しい!! オリジナルの文章を大幅に改変していますが、おおよそ下記のような文章。 ――――――――――――――――――――― 私が最初に手にした一眼レフカメラは「オリンパスペンFT」でした。小学校の遠足の時、父から借りて少し重たいカメラを手にした時、自分が少し大人になったような気がしました。(起) その時から写真が自分の趣味になり、撮影した時間の流れをプリントするようになりました。(承) ある時、その制作活動の中で「オリンパスペンFT」を思い出し、2枚の写真を1枚にプリントするようになりました。(転) 自分の中での時間の経過や視線が一枚の印画紙の上に展開されています。(結) ――――――――――――――――――――― はい、のっけから困難にブチ当たりました。 「起」部において、小学生の時に一眼レフカメラ、しかも「オリンパスペンFT」を手にしたとうことが問題!ではなく…(笑) この文章、日本文としては何ら問題が無いように思えます。というか、問題ナシ。しかし、英訳するにあたっては問題大アリ。 冒頭の部分だけに着目した場合だけでも、少なくとも下記のような主語の設定が可能になります。 1:私が最初に使用した一眼レフカメラは「オリンパスペンFT」。それは私の父のカメラだった。 2:「オリンパスペンFT」は私が最初に使用した一眼レフカメラで、それは父のカメラだった。 3:私が最初に使用した一眼レフカメラは父の「オリンパスペンFT」だった 「承」に相当する部分に関しては、時系列も構文も明確なので問題はナシ。 続いて「転」に相当する部分になると問題勃発。 文章としては明確なのだけれど、まず、それぞれ完成していた「起」と「承」の関連性が必要な気がしてならない。 というのも、文脈上で一時的に中断していた「オリンパスペンFT」との関係を示さなくては「思い出す」ということは成立しないから。 同様に「結」に相当する部分でも、一見すると主語(一枚の印画紙)も明確なので問題無いように見えるけれど、この文章は作家自身の作品の方向性を示しているものであり、今までの写真に関わってきた生活の結論でもあるワケで。 結局、この文章を英訳するために数日を要しました。 オサケを呑んだり、食事をしたり、眠り、その合間合間に作家の写真に対する思い、今は亡き写真好きだった父上との関わりといった色々な話をしながらの数日を経て産まれた英文は下記のようなもの。 ――――――――――――――――――――― 私が最初に手にした一眼レフカメラは「オリンパスペンFT」でした。 そのカメラは父のカメラで、小学校の時に父が使用することを許してくれた少し重たいカメラを手にした時、自分が少し大人になったような気がしました。 その時から写真が自分の趣味になり、色々なカメラを使用しながら、撮影した時間の流れをプリントするようになりました。 ある時、その制作活動の中で「オリンパスペンFT」を思い出し、ハーフフレームの写真2枚を1枚の印画紙にプリントするようになりました。 そうすることで、自分の中での時間の経過や視線を定着することができるようになりました。 ――――――――――――――――――――― 私が翻訳した英文は当たり前だけれど稚拙なものだから判り易かったみたいで、それを読んで、最初の和文とは大幅に異なっているけれど、作者の目に涙が浮かんでいました。 今まで自分でも言葉に出来なかったけれど、「オリンパスペンFT」を使用して作品製作をしている理由はそれなんだってさ。 「今、自分が写真と共にあるのはお父さんのおかげだ」って。 「ありがとうを伝えたかった」って。 それを聞いて、私も泣いちゃいました。 ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2008-05-13 22:32
| ことば
ちょっと調べ物をしている時に、姓名判断のサイト(http://mei.longseller.org/)を見つけたので試してみました。
本名でやってみると下記のとおり ------------------------------------------------------- 天格 7:吉 強い意志 独立心 名門です。家訓をまもり、男性を中心に栄え、女性は女傑が多いようです。 人格 13:吉 円満 名声 人気 丸顔で笑顔がさわやか、世話好きで、本心は寂しがり屋です。 地格 14:凶 孤立 不遇 トラブル 気苦労性で、一家の柱となって活躍します。じっとしているのが苦手で、努力家、料理が得意、正義感もあります。 外格 8:吉 勤勉 努力 成功 人からは、いつもニコニコしている、自分にとって敵か味方かの判別が早い人というように見られています。 総格 21:吉 独立 統率力 名誉 常に人の先頭を行く。権力欲、征服欲強くグループの長として活躍。体力もあり晩年まで実力者、などの特徴があります。 ------------------------------------------------------- ふぅむ…な感じでした。 そして、私は外で活動する時には父方母方の両方の祖父の氏名をミックスした名前を使っているのですが、それで試してみました。 ------------------------------------------------------- 天格 25:吉 個性 才能 強運 芸術方面や、金融関係にすぐれた才能を発揮します。運勢が強く巧みに生き残ってゆく家柄です。 人格 24:吉 柔軟性 順調 家庭運 ロマンチストで、控え目でおとなしいようです。まじめで、潔癖性です。自分の夢を大事しています。世話好きだが冷たい所もあります。 地格 24:吉 柔軟性 順調 家庭運 話し上手で、人に喜びを与えます。詩小説、絵、演劇が得意です。やりくり上手で、女性は結婚後幸福になります。 外格 25:吉 個性 才能 強運 人からは、人前で弱味を見せない、強気で見栄張り、ピンチを巧みに切り抜ける一匹狼というように見られています。 総格 49:凶 明暗 不安定 不和 出世運強い50才までトントン拍子。それ以降健康金銭面で波乱が。若いうち苦労をいとわぬこと、などの特徴があります ------------------------------------------------------- これまた「ふぅむ…」な感じ。 このサイトでは「運命バランス」をグラフで表示しているのでソレを見てみると、天格、人格、外格は双方共に似た感じの配分なのだけれど、本名で欠けている部分(地格)が、もう一つの名前では補われていて、もう一つの名前で欠けている部分(総格)は本名で補えている。 というコトは… この2つの名前を使い続けていても良い。というか、使い続けていた方が自分のためには良いというコトなのかな?? そんな印象を受けたのでした。 ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2008-03-22 05:03
| ことば
一昨日はチェコ大使館での写真展オープニングを起点として大変楽しく過ごし、昨日は「人として」というより「イキモノとして」に赤信号が点灯するような重い二日酔いを抱えながら出勤。
どうにかこうにか職場での仕事を18時過ぎに終え、他所で開催される展示のお手伝いに関する打ち合わせに21時に現地へ。 担当氏はとても素晴らしい方で、会うのが毎回楽しみな方なのです。その方、ただでさえ広範な知識をお持ちなのに向学心旺盛で、午前中は大学院博士課程に進学するために受験・面接を済ませた上に職場での展示・イベントの関連で20時過ぎまで仕事があったとのこと。 打ち合わせの主題は、依頼を受けて私が書いた写真とカメラに関する文章の校正・修正だったのですが、この打ち合せが大変面白く、また、勉強になる内容! 詳しい内容は明かせないのですが、「カメラで写真を撮影するということ」という私の視線に対し、「写真を撮影するためにカメラを使う」という彼の視線。そんな感じです。 同一テーマでも視線の方向性から異なる文章の展開、論の展開方法、文章の書き方、言葉の選び方、その全てについて考察するというのは大変知的な遊戯にも似た快感を覚えるものでした。 何より嬉しく、彼を素晴らしい人だと思うのは、決して自身の意見を推すのではなく、私の書いた原稿を尊重してくれること。 それは、「この位の説明にするか?」など、良くも悪しくも誤魔化そうとしている部分を的確に指摘してくれる事からも「あぁ、本当に読んでくれたんだ」と実感したからです。 この点、「何言ってるんだか判らない」と言って切り捨てても構わないと思うのです。少しでも判らない場合、そう言ってしまう方が簡単だし。 でも、絶対にそういうことは言わない。「判ろう」とする姿勢で向き合ってくれると、こちらも「よっしゃ!」と思ってみたり、「ゴメン、修正します」という気持ちにもなります。 いえ、単に私が未熟なダケなんですけどね… 昨日チェコ大使館の写真展オープニングに御誘いした方もそうですし、最近足を向ける事が多い中野の写真機居酒屋「ときのん」で御逢いする方々、そのほか、現実やネットで御逢いする多くの方々に共通しているのですが、お話していて楽しい方、勉強になる方が多いこと! それは「自分がどれだけ未熟なのか」ってコトになるのだけれど、論の展開の仕方や発想の方向性が豊か。その豊かさは皆様の持つ見識の深さに起因しているんだと思います。そして、それを上手に表現されるのは、聞きかじりではなく実体験に基づく言葉であるからこそ重みがあり、こちらが発する愚な質問に対しても的確に回答いただける。 何とも有難い貴重な経験であり、大切な仲間(と言わせて下さいまし)なんだなぁ。と思う次第です。 とか何とか言いながら、今日は折角御誘い頂いていた「遠足」に出席できなくて不義理をしてしまいマシタ… 寝る前に思いっきり頭を絞ったせいで、一度起きたにも関わらず、「あと少し…」と眠り込んでしまって次に目を覚ましたのが17時過ぎだったりで…あぁ…イカン… 御誘い頂きました皆様、本当に申し訳ございませんでした… ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2008-03-02 23:49
| ことば
恋人と並んで席に座って会話をしていると、斜め向かいで暴力沙汰でも起きたのか鼻血を出して倒れている人を幾人の人が囲んでいる。
席から立ちあがって、倒れている人の首の下に手を差し入れ、鼻の上の部分を圧迫して止血を試みる。無事止血は終了。 窓から見る空は紺色で下の方が燃えるような橙色。 席に戻ると彼女は居ない。その代わり、以前私があげた鞄が置いてあった。 鞄の中には水色の紙に、黒の細い水性ボールペンで書いたブログの出力のような、同人誌のようなものに手書きのメモ。 「あなたは他の人のことばかり考えている」 その書き込みを読んで、内容もさることながら思ったより上手くない字を意外に思う。 最寄駅で降りると激しい雨が降っている。ホームにも降り注ぐ中、彼女の姿を探すが居ない。大急ぎで駅の改札からではなく、フェンスの隙間から雨降りの工事現場を抜ける。 泥濘の上に電線が巻いてある大きなロールが幾つも転がっている。 駅前について周囲を見回すが、そこにも居ない。 連絡をとろうと思って携帯電話を操作する。 メールを最初から最後まで、アドレス帳をAからZまで展開するが名前が見つからない。 おかしい。おかしいけれど理由を探し続ける。 理由は・・・私は「あの人」の名前を知らない。 そんな事に気が付く。 この理不尽さは夢だ。はっきりと自覚する。 展開や色彩に細部の事象には何かの意味がある。 あまりにも興味深い内容だ。 そう思い、手近な紙にキーワードだけでも書き留める。 少し余裕がありそうなので、携帯のメモ帳にも打ち込む。 と、一頻り終えた所で目を覚ます。 そこまで夢だったというのが面白くもあり、何らかの意味合いを持っているのだろうという思いを強くする。 そして、単純な私の頭が幾層にも分化されているのを自覚して笑ってしまった今朝の出来事でした。(笑) 電車がらみの出来事があったり、「うはは!」という楽しい呑みの最中に話し掛けてきた近場の席の人との会話で「!」となったり、その後に呑み直しで出向いたお店での「あはは!」もビミョウに関連している部分があるのですが、あまりに興味深かったので夢のハナシで今日はオシマイ! ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2008-02-17 18:08
| ことば
月に一度、心理学の講習会に参加している。一時期停止していた頃もあるが、都合5~6年は継続している講習会である。
先日のテーマは「語りの心理学(ナラティブ・サイコロジー:Narrative Psychology)」であった。講師が発達心理が専門ということもあり、「ライフストーリー」というものが頻繁にテーマとして出てくるのだが、今回もそれに関連している。 要約するならば、人にとってのライフストーリーというのは、その人の生活(もしくは人生)に於ける「意味付け」の一環であるということ。 つまり、「ライフストーリーを語れる」ということは自分自身が過去から現在までの状況を把握しており、何らかの意味を見出しているという事である。 この「ライフストーリー」を語る事、語ってもらうことはカウンセリングの基本事項である。何故ならば、現状に問題があったり、本人が問題を感じている場合に遡る為の重要な情報が含まれているからである。 判りやすい事例を挙げれば「コンプレックス」である。 何故、そのコンプレックスが生じたのか。 そのコンプレックスが現在にどのような影響を与えているか。 そして、「ライフストーリー」にはもう一つ面白い側面がある。 それは、現在語っている「ライフストーリー」は、現在置かれている状況によって解釈が異なっていたり、方向性が異なるということである。 過去の蓄積である現在でありながら、現在から見た過去が異なるというのは矛盾である。これが面白い。 矛盾でありながら同化するということは、理屈で考えれば困難なことである。 しかし、この部分はヘーゲルも指摘しているように「対立物の統一」ということで理論化することが出来るものであり、東洋哲学で言うところの「陰陽」に密接に関連している。 つまり、矛盾や拮抗している事柄は「現象」であって「結果」ではないということである。 これらを「結果」として誤認してしまうと、そこで思考は停止してしまう。思考の停止ということは、人間的生活の否定に他ならない。 とはいえ、コムズカシイ事を考えるよりかは、今様の言葉で言えば「ありえない!」と結論付けてしまう方が簡単であり、自分自身納得できるような気がしてしまう。 これは一つの思考停止。 そもそも、今様の「ありえない」という言葉自体からして、現に起きている事象に対して存在を否定しているのだから、それこそ「ありえない」のである。(笑) しかし、ウィトゲンシュタインの言を借りるまでも無く、問題は解決ではなく解消されなくては意味が無い。そのためには考えなくてはならない。 矛盾や拮抗が生じた場合、その状況を楽しむということも必要なのだと考える。その際には、間違っている(間違っていない)と仮定することで矛盾点を見出し、間違っていない(間違っている)ことを証明する背理法(帰謬法)を用いるのも有効だろう。 その為には仏教的な考え方であるが、「謙虚」と「寛容」の気持ちが必要になってくると思われる。 なぜならば、自身の意見に固執することは他の意見の排斥を意味するだけではなく、少なからず自身に強要する自己矛盾が見えてくる可能性が高いからである。そうならないためにも、相手の立場で考え、双方の問題意識を共有することで中道を見出すという第三の道を見つけることが可能だからである。 このことがライフストーリーの実態であり、ヘーゲルが言うところの「対立性の統一」であり、ウィトゲンシュタインの言うところの「解消」の向かうべき方向性だと考えている。 あ、「そんなのヒマだから考えられるんだよ!」というツッコミはイケマセン… ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2007-11-19 21:53
| ことば
I OK、You OK。
You OK、I OK。 All OK。 これは私が月に一度参加している心理学の勉強会で幾度か聞く言葉である。 大変含蓄がある言葉である。 これを私は「自分が納得できると同時に、相手を認めるということ」という事と解釈している。 これを「相互依存」と言ってしまうと聞こえが悪い。しかし、「持ちつ持たれつ」と考えれば判りやすいだろう。 好例に「時間の使い方」が挙げられる。 誰かが誰かに会うなり電話するなりの場合、個々の時間ではあるが、共通した「時間」、お互いに与えられた「限られた時間」を双方でシェアしている事に他ならない。 つまり、「自分が誰かの為に時間を使う」ということは、すなわち「誰かが自分の為に時間を使ってくれている」という事を意味しているのだから、その時間は自分の為にも相手の為にも有効に使わなくてはならないと考えることが大切なのだろう。 似た事例として「善意の行為」が挙げられる。 自分自身が「良かれ」と思っていても、相手が求めていない場合、相手は「ちょっと…」な気分になる。そこで「善意」を主張しても筋違い。それは独善であり、理解しない相手に怒りをブツケたりするのは大きく筋違いな話。 更にそこに「自分にとって良いと思うから」という意図があったとするならば、その行為は善意ではなく悪意でしかないだろう。 同様に、相手が求めている物だけを与えつづける行為にも問題がある。 相手が喜んでいるうちは良いのだろうが、それに乗じていると感じられた場合には控えるのも肝要だろう。 本質的な部分で相手の為にはならないし、最終的に自分自身が失望を感じるのがオチ。 それを「裏切られた」と感じるのも結構だが、結局は「優しさ」と「甘さ」を勘違いしていた結果であり、自業自得とも言える。 結局は「相手を喜ばせている自分自身」という幻想に惑わされているに過ぎない。 その時相手は何を考えているかは判らない。 「自分に時間を使ってくれている」と思っているかもしれないし、「自分に時間を使ってどうしようと思っているのだ?」とか、「(色々な意味で)しばらく自分に時間を使わせてやろう」と思っているかもしれない。 これを疑っていてもキリは無いし、途中で良くも悪しくも変化する場合があるだろう。 見定めるしか無く、その時々で方向性を変えなくてはイカンのだろう。 I OK、You OK。 You OK、I OK。 All OK。 とても簡単な文章の集合体だが、そこに含まれる意味は深い。 ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2007-11-06 23:35
| ことば
![]() 振り切ること 忘れないこと 突き放すこと 大切に思うこと 甘さではない 優しさ 強さという 優しさ 離れてみれば小さいことなのかもしれないが その場に居る人にとっては大きなこと 常に考えるのだ 忘れてはいけない 許したことと許されたこと 認められたことと認めたこと Leica R5 Summilux-R 50mm 1.4 AGFAPAN APX400 1/250 F5.6 COPYRIGHT:Coopiecat ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2006-02-23 23:39
| ことば
![]() 自分が何を考え、 何を目指すのか。 それと同時に、 それは自信を持って言えるのか? 自分が自信を持って言えるのならば、言い張れ 言えないのであれば、それはちょっと待て 言えないならば、人の意見を聞け 人の意見を聞けないならば、それはそこまでだ 言いたいことを言え 聞くべきことは聞け そして自分の居る場所を考えるのだ 次につなげるために なんて言ってみたり。 ГОРИЗОНT OФ-28Р 2.8/28 COPYRIGHT:Coopiecat ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2006-02-21 22:31
| ことば
![]() 何が見えているのですか? それは私にも 見ることができているのでしょうか? あなたと同じものを見ることができるなら あなたと同じことを考えられるのなら それは私にとって幸せなことです そしてあなたを幸せにしたいと思うのです Kodak DX6490 Digital Camera Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm Belichtungsautomatik ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2006-01-13 00:00
| ことば
![]() 幼き猟犬は 目先のみ見る 若き猟犬は 行く先を見る 長けたる猟犬は 飛ぶ鳥を見る Kodak DX6490 Digital Camera Schneider-Kreuznach Variogon 38-380mm Belichtungsautomatik COPYRIGHT:Coopiecat ■
[PR]
▲
by coopiecat
| 2006-01-06 23:00
| ことば
|
カテゴリ
全体 カメラ/写真 音楽 書籍 たわごと たべもの ははは! トラブル/病気 トラブル/私生活 トーキョー くるま 時間 ことば エコ(?)バック 海 恋愛 天使 論理哲学論考 釣り 夢 時計 九州 缶バッチ 以前の記事
2010年 11月 2009年 06月 2009年 02月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 お気に入りブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||
外部サイトRSS追加 |
||